戦闘開始

さぁ~立春!
今年もかつお漁の始まりじゃぁ~!

船出-1

今年もいよいよ
この時期になりました。
年明けから準備に入っていた
久礼のかつお一本釣り大型船
鳳丸が出港していきました。

   これから
   家族やふるさと離れて
   約9ヶ月。
   黒潮追っての操業。
   無事な安航と大漁を
   祈らずにはいられない。
   

見送り-1

遼船の順洋丸は、
今月末の出港予定とか。

出船-1

暦の上では立春、
陸では
田起こしも始まりましたが、
春を告げるにはまだまだ遠く、
窓の外を見れば雪がちらほら。

  そんな寒空の下、
  宇和島から
  女性部の方達が
  中土佐町に展開する
  町起こしのことやら
  商品開発のことやらを
  研修に来てくれました。

宇和島-1

宇和島-3

そんな研修の冒頭、
明治・大正期
宇和島にゃ凄い男がいたという
「アメリカ亀やん」のお話を
させてもろ~たけんど、

   ご当地の方さえも
   あまり
   知られていないことに、
   ちょいと寂しい思いを
   したもんです。


宇和島-4

ウザ地ま-2

密航漁夫
  「吉田亀三郎の生涯」

密航漁夫本

帆船での太平洋横断と言えば、
1962年(昭和37年)、
当時23歳の堀江謙一が、
ヨット・マーメイド号で
単独太平洋横断成功
この偉業が
誠に有名ではあるが、

   なんと・・、
   その50年前
   (1912明治45年)に
   愛媛県保内町川之石
   (現八幡浜市川之石)
   吉田亀三郎ら5人は
   アメリカでの成功を夢見て、
   宇和海の帆曳き漁船
   住吉丸(打瀬船)に乗って、
   日本人として初めて
   太平洋を帆走横断した
   記録があるがよ。

うたせぶね-1

その快挙はアメリカでも
驚きをもって称賛され
それまで
移住していた日本人にも
大歓迎された事件ではあったが、

  日本では快挙どころか
  アメリカに金儲けに行った
  密航漁船との扱いで
  犯罪扱いされ捕えられ
  日本に強制送還された。
  残念な太平洋横断
  記録となった。

アメリカ亀やん-1

しかしこの亀三郎の執念が凄い。
これに諦めきれず、
大正二年五月八日自ら船長となり、
二間×七間半の打瀬船に身を託し、
一行二十六名、川之石を出航、
太平洋横断の壮挙に出港、
途中、暴風雨に遭遇すること再度、
生死の間を彷徨し、
あらゆる困苦に迫られるも、
遂に日本出発以来、七十五日目、
ベラベラに上陸する。

吉田亀三郎760

またまた捕えられ
日本に送還されるが、
計、五度の渡航に成功している。

   その後、
   宇和島の
   「じゃこ天」などで有名な
   魚肉練商品など、

晩年は
カナダ東部の鮭魚場では
宇和海で培われた
打瀬船の技術を導入し
一番の腕利き船頭として生き、
カナダの鮭漁に多大な影響を
残した人物でもある。

  自分も何度か
  宇和島には行っているが、
  まだその
  吉田亀三郎顕彰碑には
  行ったことがないので、
  次回の機会あれば
  是非とも見てみたい
  顕彰碑だ。

そんな研修の終わった後、
女性部の方々は
黒潮本陣にお泊りとのこと、
「是非ご一緒に食事を」・・と。
お誘い頂いたが
別の会があって残念無念。

   居酒屋「あずま」で
   別会の懇親会。

にぎり

刺身盛り合わせ-1

うつぼから揚げ-1

盛り合わせ

美味いもんの
てんこ盛りじゃったけんど、
明けて翌日、
やっぱり我が家の
温々の鍋うどんが
この寒さにゃ
一番んでございまする。

うどん-2

うどん-1

空は晴れているが、
窓の外は粉雪が舞ってます。
皆さん風邪には
まっことお気を付けくださいませ。

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